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1年間に読んだ本/見た映画・演劇の合計が108になるといいなあ、という日記。

テリー・ギリアムのドン・キホーテードン・キホーテを殺した男ー

テリー・ギリアムドン・キホーテ

ドン・キホーテを殺した男ー

 

この映画が完成するまでの紆余曲折については、それこそ、すでに作品化されているドキュメンタリー『ロスト・イン・デ・ラ・マンチャ』や、諸々の解説書ーすでに膨大な数となっているーを参照しなければならない。大変残念ではあるが、今回は、この映画を一見した感想にとどまってしまう。

 

主演のアダム・ドライバーは、『スターウォーズ』最新シリーズでまさに彗星の如く登場し、スコセッシ『沈黙』などを経て、あれよあれよという間に、若手名優のトップに躍り出てしまった。ここでも、その演技力を遺憾なく発揮している。ほとんど彼のキャスティングが、この作品の成功の推進力になったのではないかと思えるほどだ。

 

この映画の美点はいくつもあるが、俳優陣の素晴らしさは特筆しなければならない。ヒロイン・アンジェリカ役のジョアナ・リベイロは、英語版ウィキペディアにも2020年に立項されたばかりの、ほぼ無名に近いポルトガル出身のモデルである。騎士道物語としてのドン・キホーテを突き動かす、大きなモチベーションの一つが「愛する姫を守る」であり(そしてそれは現代の目から見ても、また、当時それが書かれた文脈をみても滑稽さの作用を伴うわけだが)、テリー・ギリアム版においてもそれは大きな中心主題として物語を貫いている。当然、俳優にはそれなりの説得力が求められるわけだが、彼女のルックスや、ややたどたどしい英語、居住まい、どれも素晴らしいの一言である。

 

アダム・ドライバー演じるトビーが、学生時代、スペインの田舎で一本の自主制作映画を撮影したことから、その村に映画の狂気が入り込んでしまう。物語が人を狂わせる、という構図は、まさに原作のドン・キホーテそのものだ。物語は人から人へ伝播し、そして、次々と人を狂気へと追い込んでいく。

 

物語のクライマックス、砂漠の中の古城で、トビーは誤って、というか、ほとんど事故により、ドン・キホーテ(と自称している靴職人のハビエル)をバルコンから突き落としてしまう。これによりドン・キホーテ(ハビエル)は落命するが、その死の直前、彼のドン・キホーテたる由縁であるところの、トビーが学生時代に書いた脚本をトビーに手渡す。これを受け取ったトビーは、映画の最後に、、、というのが物語の肝である。

 

基本的には幻想的な映画であり、もちろんそれはテリー・ギリアム監督の作家性に他ならないのであるが、一見して難解であり、観後感として独特の余韻がある。本作は単独で存在するわけではなく、背後に多くの物語を背負い込んでいる。それらを含めて本作であるし、また、今後作られる物語はすべて本作であるといってよい。あらゆる物語は、その物語以前の、そして、その物語以降の物語である。本作はそのことにあらためて気づかせてくれる。